立花隆氏の「研究」に「特高がわかっていない」という批判

立花隆氏と「ニセ科学」について書く。週刊文春、というより文藝春秋社は保守本流ではない政治家や政治勢力に対しては白のものを黒にするような論理を使っても叩き潰すと書いたが、そこで挙げた例が「田中角栄の研究」「日本共産党の研究」等である。

そして、いずれも著者は立花隆というルポライターである。

「田中角栄の研究」で、体制側の有力者の批判をした人が、返す刀で日本共産党を批判したということで、立花隆氏は、右も左も斬る本格派のジャーナリストではないかと
一部で評価された。

が、すでに書いたように、「右も左も叩く」ということ自体、その本音がどこにあるのか、ということは注意深く見なければならないし、肝心なのは「叩き方」についてである。

「田中角栄の研究」「日本共産党の研究」のいずれもが、公安資料をまとめたルポに過ぎない、と指摘されていることはすでにご存知の方もおられるが、それだけでなく、前回引用した松浦総三氏によれば、立花隆氏の「研究」は「戦前・戦中の特高がどんなものであるか、何ひとつわかっていない」(『ジャーナリストとマスコミ』大月書店)と具体的に言及している。

なぜ「何ひとつわかっていない」のか。

つまり、一方の側のありネタだけでまとめたから、すべき裏づけ取材ができていない、ということだそうだ。

立花隆氏については、ジャパンスケプティクスの役員の中には、「知の巨人」などと歯の浮くような褒めちぎりを述べている者もいる。

が、筆者は、立花隆氏については、もっと的確に、手馴れたアンカーマンという評価をしている。

アンカーマンの能力と懐疑的発想のセンスは別物である

アンカーマン、とは何か。

芸能リポーターだった故・梨元勝さんの前職は「ヤングレディ記者」ということになっているが、「記者」の部分を正確に言うと、「データマン」である。

取材や調査をして、そのリポートを編集部にあげ、アンカーマンがそのデータ原稿を記事にまとめる役割である。

だから、「ヤングレディ」に梨元勝さんの署名原稿はなかったと思う。

で、当時の同誌のアンカーマンというのが、立花隆氏や小中陽太郎氏だったという。

アンカーマンは、取材力ではなく、存在するデータを記事にまとめる能力にすぐれた人に適した仕事である。

つまり、立花隆氏というのは、存在する情報をまとめる能力で、身過ぎ世過ぎしてきたルポライターではないかと思われる。

それが、「知の巨人」という呼び方にふさわしい能力かどうか、筆者ごときにはわかりません。

ケチを付ける気も絶賛する気もない。

もとより、アンカーマンという立場をとやかく言おうなんて大それたことを筆者は考えていない。

ただ、少なくともいえることは、「在る」情報で構成する以上、見えないウラに対する懐疑的発想から自らの足で根拠を固めて構成する、という記事作りとは縁遠くなる。

「田中角栄の研究」「日本共産党の研究」その他の読み物について筆者個人の具体的な論評はしないが、「科学的、批判的」とするジャパンスケプティクスで、そうした検証もないまま「知の巨人」と呼び、シンポジウムへの招聘まで提案するというのはいがなものかと思った。

ちなみに、そう呼んだ役員の話によると、立花隆氏が自分の研究室まで訪ねて取材をしたからだそうである。

自分をありがたがってくれたから嬉しかっただけのようだ(笑)

文藝春秋の研究―タカ派ジャーナリズムの思想と論理
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