湿潤療法を巡る議論がネットでは活発である。湿潤療法とは、熱傷(やけど)、褥瘡などの皮膚潰瘍に対し、消毒薬や包帯などを使わず、とくには家庭用ラップフィルムを使う処置法で、従来の医療を絶対視する人々から否定されてきた。
今回は湿潤療法についてスケプティクス(懐疑的)な立場から述べてみたい。
医療行為(従来の治療)VS民間療法(湿潤療法)という図式は間違い
ヤケドなどの治療は、これまで消毒液を使い、通気性のある絆創膏や包帯で覆っていた。
しかし、湿潤療法は、傷を治す細胞のはたらきを弱めてしまうという理由から消毒液を使用しない。
そして、傷口に発生する体液(浸出液)を乾燥させると傷を治す細胞が死んでしまう、という理由から包帯や絆創膏も使用しない。
では、傷口をむき出しにするのかというとそうではなく、通気性のないもので覆う。
たとえば、家庭用のラップフィルムを使う。
そこで、別名ラップ療法ともいわれている。
既存の医療を絶対的に正しいとする立場からは、この湿潤療法は徹底的に叩かれてきた。
傷口に消毒など処置を加えず、家庭で使うラップフィルムを巻くなどというのは危険極まりない民間療法であるとされた。
たとえば傷口が深いもの、化膿しているものなどは、皮膚科や整形外科に診せるべきなのに、そのような怪しげな民間療法を喧伝されることで、「正しい治療」を行う機会を奪ってしまうという言い分である。
一方、湿潤療法を支持する立場からは、湿潤療法は、傷の治りが早い、傷が痛まない、傷跡が残りにくい、といったメリットがあるといわれてきた。
そして、あたかも2つの処置法は、医療行為(従来の治療)VS民間療法(湿潤療法)として、両立しないがのごとく議論がなされている。
しかし、それは前提が間違っている。
湿潤療法を標榜する皮膚科クリニックは存在する。
つまり、湿潤療法も「医療行為」なのである。
そして、湿潤療法でも、ステロイドや保湿剤など、薬の力を借りることがある。
むしろ、医療行為と対立するものであるかのように描くことで、「皮膚科かラップ療法か」という間違った選択肢を前提に、それこそ自宅のラップフイルムで処理して、医療行為を受ける機会を逸してしまうだろう。
湿潤療法でも順調に回復している
さて、実は筆者の妻は、2015年1月に、誤って頭から熱湯を被り、顔、胸、左腕に火傷をした、
瞬間的によけた上にすぐに冷やしたため、顔と胸はほんの少しの時間赤くなっただけで特定の火傷傷はあらわれなかったが、左腕ははっきりと火傷による水ぶくれが発生した。
妻はまず、通常の処置を行う皮膚科クリニックへ行った。
そこでは、跡が残ると言われた。
妻は今度は、湿潤療法を標榜する皮膚科に行った。
医師は、長くかかるが、跡は残らないと、正反対のことを行った。
で、実際にどうだったか。
論より証拠で画像をお見せする。
2015年1月24日、跡が残るだろうと言われるやけど。
1月26日、湿潤療法を標榜する皮膚科を受診し、湿潤療法を勧められる。
薬を薄く患部に伸ばしたあと、ラップで覆うように言われたので、さっそくラップを巻く。
熱湯でのやけどなら跡は残らないと言われる。
1月30日、患部の水ぶくれが潰れてきたので、こんどはテープを貼るようにいわれる。
2月3日、白く膨れる部分が小さくなってきたので、白い部分だけにテープを貼り、あとはステロイド剤(リンデロン)を塗るように言われる。
2月17日、ステロイド剤は打ち切り、保湿剤のヒルドイドに変える。一本なくなるまで何ヶ月か塗り続けて、あとは跡が目立たなくなるまで1年ぐらい待つように言われる。
ここで皮膚科の治療は終了。
1ヶ月後
3ヶ月後
まる1年後。
そして、今回の2.5年後である。
3ヶ月後ぐらいからは、劇的に跡が薄くなっているわけではないが、年単位で改善はされているようなので、また今後も跡が薄くなることを期待したい。
ということで、通常療法VS湿潤療法についての、体験を踏まえた上での見解である。
1.湿潤療法だから怪しい、いけない、と頭から決めつけるのは非合理主義である
2.ただし、湿潤療法を標榜する皮膚科もあるので医師の診察はうけること
3.湿潤療法でも全くの自然治癒待ちではなく、症状によって短期間のステロイドや保湿剤など薬の力を借りる
根拠のない健康食品や健康情報をナイーブに盲信するのは非合理主義だが、かといって既知の医学・医療を絶対視するのも同根である。
医学は、つねに相対的真理の長い系列の中で絶対的真理の粒を積み重ねているようなものである。
今実践されていることが、人類の到達した真実として未来永劫動かないわけではないのだ。
キズ・ヤケドは消毒してはいけない―治療の新常識「湿潤療法」のすべて
- 作者: 夏井 睦
- 出版社/メーカー: 主婦の友社
- 発売日: 2013/08/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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